モラハラブログ~モラルハラスメントな人々~

自己愛性人格障害者、モラハラについて語っていきます

モラハラ加害者と「友達」

モラハラ加害者は、

「極端に交友関係を広めようとする」か、

「極端に狭い交友関係しかもてない」か、

どちらかである。

 

 

人と関わっているうえで、

自分の自己愛を肥大させる

要因がたくさんあるようなら、

積極的に人と関わる。

 

 

家族のことをほうっておいてでも

人に異常に親切にしたりして、

「人に好かれる友好的な自分」

という心をどんどん大きくしていく。

 

「もてなし」を受けたほうは、

とてもいい人だと勘違いし

近づいて親睦を深めていくが、

 

自己愛性人格障害者であると

近づけば近づくほど

やはり「自他との境界」が

より曖昧になっていきやすいため、

 

些細なことで

トラブルになる。

 

 

距離が近くなれば

簡単に「親友だ」と思い込み、

相手が自分を好きであると思い込み、

 

好きな相手が自分から離れていくことを

許さない。

 

良かれと思ってやっていることが、

相手にとって多大な迷惑になっていることも

しばしばある。

 

 

なぜなら、親切にする意味は

「自分の偉大さと有能さを示すこと」

であって、

「相手の得になるようにすること」

ではない。

 

そして

「交友関係が広い」ということ自体が

自己愛性人格障害者の自己愛の肥大の

原因になる。

 

そうして配偶者や恋人などの

被害者に対してと同じように

「高圧的」に振舞ってしまい、

 

「強いのはお前ではなくこっちだ」という

態度に最終的になってしまいやすいのだ。

 

どれだけ親しくなろうが

一つでも気に食わないことがあれば

「こいつは馬鹿だ」

「愚かだ」

という感情が沸きあがり、

 

他人に対する評価が

一定でない。

 

「こういう人間だから好きだが

こういう部分は嫌い」という

「好きだけどここは嫌い」

という感情が分からず、

 

嫌いな部分があれば

全部が「嫌い」に染まってしまう。

 

そうして、

相手への評価が

常に揺れ動く。

 

それをその相手自身に直接

言ってしまったり、

態度に出したり、

周りに言いふらしたりして、

 

結局長い付き合いの人間を

作り出すことが難しくなる。

 

 

 

狭い交友関係の場合、

交友関係のせまさは

また誰かのせいや環境のせいに

しうる。

 

 

「自分が望んで一人でいるんだ、

なぜならみんな馬鹿で

自分の話がまともに通じないから」

 

「この土地にいる人間は

みんなクズばかりだから

付き合おうとすら思えない」

 

「いちいち友達同士で

わいわいしているあの雰囲気が

くだらない」

 

「時間の無駄だと思う」

 

というスタイルをとり、

「自分の交友関係の少なさ」

を正当化する。

 

 

 

もちろん根底では

交友関係は広いほうがいいと

考えているので、

 

「学生時代は

結構遊びまわっていた」

「元いた場所には

友達もすごく多い」

 

と話し、

実際新しい友達が出来るようなら

文句を言いつつ

付き合いを継続したりする。

 

 

 

どちらにしろ、

 

「友達は多いほうが有能」

「交友関係は広いほうが

それだけで素晴らしい人間だという

証拠」

 

という単純な評価を

しやすく、

自分に友人がいないことを

たまにぽろっと発言したり、

 

卑屈になったりすることも

ある。

 

 

「交友関係なんて

シンプルでいい」という風に

考えるようなことは

まず出来ない。

 

他人に

交友関係が狭いことを

まるで指摘されているような、

そんな気分に「自動的」に

なってしまう。